悪性腫瘍
甲状腺のしこりのうち「がん」である頻度はとても低く、大部分は「良性」です。甲状腺がんは、女性が男性よりも約3倍多く発見されます(2012年地域がん登録全国推計によるがん罹患データより)。他のがんに比べ進行が遅く、治りやすいものが多いのが大きな特徴です。
甲状腺がんには、乳頭がん、濾胞(ろほう)がん、低分化がん、髄様がん、未分化がん、があります。それぞれの頻度は、乳頭がんが圧倒的に多く92.5%、濾胞がん4.8%、髄様がん1.3%、未分化がん1.4%と報告されています(甲状腺外科学会2004年全国集計)。乳頭がんと濾胞がんは、細胞が成熟していて発育が遅いので、分化がんとも呼ばれます。
人間の体は細胞が集まってできていますが、複雑で特殊な働きをする細胞ほど、より分化(成熟)した細胞といえます。したがって、がん細胞は分化の度合いが高いほど転移しにくく、分化の度合いが低いと転移しやすい傾向があるといえます。
- (1)乳頭がん
- 甲状腺がんの9割以上を占めるのが「乳頭がん」という、進行が遅くおとなしいがんです。このがんは、早い時期にはただしこりがあるだけで、進行もきわめてゆっくりとしています。乳頭がんが進行すると、息苦しくなる、声がかすれる、ものが飲み込みにくい、といった症状が現れますが、たいていの人は、くびのしこりに気づいた時点で、または健康診断における頚部超音波検査などで甲状腺のしこりを指摘されて病院の診察を受けるため、最近ではここまで進行した患者様は珍しくなりました。
乳頭がんは、遠くの臓器に転移することは多くありませんが、比較的早い時期から甲状腺周囲のリンパ節に転移することは少なくないため、中には、くびの側面にあるリンパ節がはれて異常に気づく人もいます。しかしリンパ節に転移しても、そこでの成長もゆっくりとしているので、この時点で治療をしても治ることが多いのが特徴です。当院での手術成績を見ても、乳頭がんの20年生存率は、90%を越えています。がんとしては、極めてよく治るがんといっていいでしょう。
- (2)濾胞がん
- 甲状腺がんの5%ほどを占めています。乳頭がんと同様に、しこりがあるだけでほかには異常がない場合がほとんどです。このがんは、リンパ節への転移が少ないものの、肺や骨など遠いところに転移することがあります。ただ、進行が遅く、早期に治療をすれば、治る率はかなり高いがんです。当院での10年生存率は、89.9%になっています。
- (3)低分化がん
- 乳頭がんや濾胞がんのなかで、組織学的に低分化成分が含まれるがんは、低分化がんと呼ばれています。通常の乳頭がんや濾胞がんに比べ進行がやや早いため、悪性度は少し高く、適切な治療が必要となります。
- (4)髄様がん
- 甲状腺がん全体の1~2%ほどを占める特殊ながんです。乳頭がんや濾胞がんのように、甲状腺ホルモンを作り出す濾胞細胞からできるがんではなく、カルシトニンと言う血液中のカルシウムを下げるホルモンを作り出す傍濾胞細胞(C細胞)から発生するがんです。
髄様がんの中には家族性(遺伝性)に発生するケースがあります。このため、遺伝性の髄様がんは遺伝子検査により、がんが発生する遺伝子があるかどうかを診断できるようになっています。遺伝性髄様がんの中には、副腎の褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症などほかの内分泌腺の病気を合併するものがあり、多発性内分泌腺腫瘍症(MEN)と呼ばれています。
- (5)未分化がん
- 未分化がんは非常に未熟な細胞であるため、発育が急速で悪性度の高いがんです。高齢者に多く、男女比は、1対2、甲状腺がんの1~2%くらいに発見されます。
- 下の図は年齢分布です。乳頭がん、濾胞がんは比較的若い人に見られます。しかし未分化がんだけは、胃がんや肺がんなどと同じように50歳以上、とくに60歳以上の高齢層に発生します。
一般に、若い人のがんは進行が早く、たちが悪いといわれますが、甲状腺がんの場合は例外です。よく治るがんであるからこそ、しこりに気づいた時はすぐに検査を受けてください。
このほか、甲状腺の悪性腫瘍には、まれに悪性リンパ腫があります。悪性リンパ腫については、こちらをご覧ください。
■乳頭がん・濾胞がん・その他のがん別患者数